〈美の物語〉源平合戦図屏風 一ノ谷合戦 海北友雪 作

花の義経のごとく!何ものも恐れぬ勇気で!

六曲一双のうち右隻。中央には陣屋を中心に平家の武士たち、左右に源平入り乱れての合戦風景が描かれている 江戸時代前期 紙本金地着色/屏風装(161.5×360センチ)
©東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom


  

 東京富士美術館所蔵の「源平合戦図屏風」(海北友雪作)。その右隻には歴史的に有名な“一ノ谷合戦”が描かれており、六甲山地に抱かれた、現在の兵庫県神戸市域が舞台となっています。中でも平家の陣屋後方にある断崖絶壁から攻め入ろうとする場面こそ、源平合戦の趨勢を決したといわれる源義経の「鵯越の逆落とし」です。池田先生は折々のスピーチや随筆で、源義経に触れてきました。それは義経の“不可能を可能にする力強い生き方”が学会精神にも通じているからです。ここでは荘麗な屏風と共に、義経にまつわる池田先生の言葉を紹介します。
 
 

戦いは攻め抜いて勝つ

 有名な『平家物語』には、源平の決戦に臨む、若き源義経の心意気が謳われている。「戦いはひたすらただ攻めに攻めて勝つのが心地よいものだ」(杉本圭三郎訳注『平家物語』、講談社学術文庫)と。戦いは、強く攻め抜くことだ。全力を集中させてこそ勝利はある。戦いの根本姿勢は、徹して攻めることである。この義経の心意気は、学会精神にも通じる。「攻めに攻めて痛快に勝ちまくる」――私たちも、この心で進みたい。なかんずく青年部は、「花の義経」のごとく、勢いをもって「破邪顕正」の大攻勢をお願いしたい。
 (2004年12月9日、第44回本部幹部会でのスピーチ)
 

作品の中央上部に描かれた、源義経らによる“鵯越の逆落とし”の場面  

勇気が歴史を開く

 若き闘将・義経は経験は乏しかったが、何ものをも怖れぬ勇気があった。絶対に勝利してみせるという決定した心があった。そして、旭日の勢いがあり、英知の輝きがあった。
 義経は、断崖を鹿が通ると聞くと、ならば馬が通れぬわけがないと、そこから平氏の背後を奇襲する戦法をとった。そして、自ら馬を駆って、断崖を駆け下りた。これが“鵯越の逆落とし”である。その勇壮な姿に、皆が奮い立った。全軍に勇気が燃え広がった。(中略)義経という青年の勇気が、勝利への執念が、勢いが、知恵が、歴史を転換する力となったのだ。
 (小説『新・人間革命』第15巻「開花」の章)
 
 

コロンビア国立博物館で開催された「日本美術の名宝展」で、ガビリア大統領夫人(当時)らと共に鑑賞する池田先生。後方に「源平合戦図屏風」が展示されている
(1993年2月、首都ボゴタで)